2015-09-27

乳び胸 まとめ

乳び胸(Chylothorax)について、少し調べる機会があったので、まとめてみました。

まず診断は、白濁した胸水を見たら、胸水中のTGを測定してみることから、始まります。
乳白色、というよりは、黄白色のことが多い印象です。乳び胸の定義は、TG>110mg/dlもしくは、TG 50-110mg/dlでかつカイロミクロンが検出されること、とされます。ちなみに、同じく白濁した胸水で、偽乳び胸(乳び状浸出液)というのもあって、こちらは、TGでなく、T-Cholが上昇(>200mg/dlで、1000mg/dlを超えることも)します。胸膜炎が慢性化することで生じるようです。


教科書に、乳び胸水にエーテルを添加すると透明化するとあったので、研修医の頃に、実際試したことがありました。しかし、検体を放置しておいたら、スピッツがエーテルによって溶けた!というのが衝撃的すぎて、実際、透明化したかどうかは忘れてしまいました…。

乳び胸の原因についてですが、詳細は教科書に譲るとして、外傷性と非外傷性、特発性に分けられます。非外傷性の原因で有名なのが、悪性腫瘍と結核でしょうか。LAMや左鎖骨下静脈血栓なんてのもあります。これらの病変により胸管内圧が上昇しリンパ液が漏出することで胸水が貯留するとされます(機序は他にも諸説あります)。

ここで少し解剖の復習です。
胸管の走行についてですが、乳び槽から、大動脈の右後側を上行し、横隔膜の大動脈裂孔を通り縦隔に入ります。さらに、奇静脈と大動脈との間を上行しTh4-Th6の高さで食道の後ろを通り左後縦隔に入ります。よって、Th4-6より下で胸管が侵されれば右側の乳び胸、 それより上で侵されれば左乳び胸となります。ただし、損傷部位が1ヶ所でないこともありますし、実際、胸管そのものではなく、迂回路や椎前リンパ系への分枝の破綻が原因となることもあります。

Rauber-Kopsch解剖学より


ちなみに、乳び胸水の漏出が続くことにより、免疫クロブリン、リンパ球、蛋白、脂溶性ビタミンが漏出し、結果的に免疫不全、低栄養、循環血漿量の低下を招くとされます。かつては、半数が致死的となる病態でしたが、診断やマネジメントの進歩により乳び胸が原因でなくなることは少なくなりました(ただし悪性腫瘍の場合は別)。

次に、治療。主には保存的治療についてまとめたいと思います。

胸水の量が多ければ、ドレナージを行います。勿論、これだけでは解決にはならないので、原因に応じた治療が必要です。

外傷性の場合:
絶食+TPN(もちろん経静脈的な脂肪製剤投与はOKです)とし、場合によってはオクトレオチドも併用し、改善なければ、外科的に胸管結紮術を検討します。

非外傷性の場合:
ドレナージとともに、胸膜癒着術を行い胸水コントロールを試みます。乳び胸水の量が多く、癒着術までもっていけない場合は、食事制限や、絶食+TPNとすることもあります。難治性の場合は、やはりオクトレオチドも併用します。極力、原疾患の治療も並行して行います。



Working algorithn in the management of chylothorax
Eur J Cardiothorac Surg.2007;32(2):362-369より


オクトレオチド(サンドスタチン)は、ソマトスタチンアナログで、視床下部や消化管から分泌されるホルモンですが、胃酸、膵液、胆汁などの消化液分泌を抑制することで、栄養吸収や消化管蠕動運動を抑制し、リンパ液の吸収を制御することで乳び胸のコントロールに繋がるとされています。また、胸管の平滑筋そのものを収縮させ胸管流量を減少させるとも言われています。費用対効果を考えながら奥の手として使用すべきと思います。

実際の使用方法ですが、大規模臨床試験があるわけではないので、症例報告によって使い方はまちまちですが、添付文書を参考に ↓

50μg/回 1日3回 間欠的 皮下注 、or 300μg/日 持続皮下注 とします。
(持続皮下注のやり方は、担癌患者さんへの腹部症状緩和の際と同じ使用方法)

エゼチミブ(ゼチーア)は、小腸におけるコレステロールトランスポーター阻害剤ですが、乳び尿症に対して有効であったという興味深い症例報告もありました(日内会誌 2013;102:3227-3229)。

ちなみに、リンパ管造影+塞栓という治療もあります。
足背切開法やリンパ節穿刺法で、末梢のリンパ管を同定し、リピオドールを注入するというもので、漏出部位を特定すると同時に塞栓も出来る一石二鳥な治療法ですが、私の知る限りではあまり行われていない印象です。やれる施設も限られます。私自身は一度も経験がなく、また、ベテランのIVRの専門の先生でも殆ど経験がないということでした。保存的治療での難治例、外科的治療困難例(全身状態不良、びまん性の漏出など)に考慮されるのかもしれません。

さて、長期的に乳び胸のコントロールが必要になる場合は、食事にも気を配らなければなりません。患者さんにもよく質問されるところなので、具体的に知っておく必要があります。

ポイントは、質より量、ではなくて、質と量どっちも大事ということです。

まず「質」についてです。長鎖脂肪酸(LCT: long chain triglyceride)は、胆汁酸によりミセル化されて小腸上皮細胞に取り込まれリンパ管から胸管へ流れこみその量は2L/日にも及ぶとされます(オリーブオイル、大豆油、なたね油、牛脂、豚脂など一般的な油類はこれ)。

しかし、中鎖脂肪酸(MCT: medium chain triglyceride)は、門脈系から直接肝臓へ取り込まれエネルギー源となるため、胸管へ流れこむことはありません。よって、LCTの代わりにMCTを摂取すれば胸管内圧を減少させることが出来ます。牛乳、母乳には数%、そして最近話題のココナッツオイルもMCTが60%含まれているそうですが、一応、MCT含有量の高い製品を挙げますと ↓

マクトンオイル(キッセイ):85%MCT+15%LCT
MCTオイル(日清):100%MCT 

次に「量」です。成人男性の脂肪の必要摂取量は50g/日とされていますが、低脂肪食では20-30g/日を目安に摂取するよう心がけます。これが結構、キツくて、油大さじ1杯=12gなので、炒めものは少量の油で、揚げものは控えなければなりません。乳製品については、低脂肪製品(低脂肪乳、スキムミルク、カッテージチーズ等)がありますので、上手くとりいれる必要がありそうです。


※過去に、特発性の乳び胸の患者さんに、治療に苦労し、なんやかんやと奔走していたのを思い出しました。懐かしい…研修医の頃。


※参考:

Aetiology and management of chylothorax in adults. European Journal of Cardio-thoracic Surgery. 2007;32(2):362-369

Octreotide  a drug often used in the critical case setting but not well understeood. Chest 2013;144(6):1973-1945

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