髄膜癌腫症(Leptomeningeal metastasis:LM)は肺癌の5%程度に見られる予後不良の病態です。診断時の予後は数週間から3ヶ月程度とされており、全脳全脊髄照射や髄注化学療法、水頭症解除のためのVPシャントなどの報告がありますがエビデンスの確立された治療法はありませんでした。
我らの肺癌診療のバイブル「肺癌内科 診療マニュアル」には、全脳全脊髄照射に関しては、こう記載されています。
「全脳照射、全脳全脊髄照射の施行を検討する」(初版 2011年)
「頭蓋外病変が制御可能と判断される場合には全脳全脊髄照射も選択肢となる」(新版 2015年)
と新しい版では、微妙に表現が異なってきております。
実際、全脳全脊髄照射は身体的負担になるため、根治の見込みがないようであれば行わないか、症状コントロールのために全脳照射(WBRT)に留めることもあるようです。
一方、肺癌診療ガイドライにおける記載はどうでしょうか。
2013年度版より、LMに対する放射線照射の項目が記載されるようになり、そこには「全脳照射は前向きのエビデンスはなく有用性は明らかでない」となっており、最新の2016年度版においても引き継がれております。
その根拠となった論文が、Morris et al. J Thorac Oncol 2012;7:382-385
です。125名のLMを発症したNSCLCについて検討しており、WBRT(30gy/10fr or 37.5Gy/15fr)を施行した46名とWBRTを施行しなかった59名のOSは有意差なし(p=0.84)という結果でした。(WBRTは症状コントロールには有効であったようです) このStudyは後ろ向きであり、かつ2002年から2009年までの症例で、全例でEGFR遺伝子変異を測定されていたわけではありません。ただしEGFR遺伝子変異を有する患者9名に関しては、生存期間中央値 14ヶ月と良好であったことが示されています。
もう少しEGFR遺伝子変異例を集めた報告をみてみましょう。
LMを発症した108名のNSCLC患者のうち、EGFR遺伝子変異陽性でTKI投与した群42名(Gefitinib 19名、Erlotinib 23名)は変異陰性群66名と比較しMSTが長かった(11.1ヶ月 vs 4.4ヶ月; p<0.01)ようです。一方で、WBRTを施行した49名は施行しなかった59名と比較しMSTが長く(6.4ヶ月 vs 4.3ヶ月; p=0.022)、さらに、WBRTとEGFR-TKI併用群ではMST 12.3ヶ月と他の治療法と比較して最も長かった、とされています(Xu Q et al. Thoracic Cancer 2015;6(4):407-412)。この報告ですと、WBRTによる予後延長効果は示されていますが、やはりTKIが使用出来たかどうかが最も影響ありそうです。
そんな中、LMを発症したEGFR遺伝子変異陽性NSCLC88名にEGFR-TKIを使用したところ、OSは延長した(10ヶ月 vs 3.3ヶ月; p<0.01)が、そのうち、WBRTを併用した群は施行しなかった群と比較してOSは変わらないという報告もありました(Li YS et al. JTO 2016;11(11):1962-1969)。
となると、TKIに対するWBRTの上乗せ効果も怪しくなってきました。いずれも後ろ向きの少数例の報告ですので、これをもって結論は出せませんが、最近では、EGFR陽性肺癌には仮に脳転移があっても放射線照射を行わずEGFR-TKI単独での治療効果も報告されていますので(Seonggyu B et al. Med Oncol 2016;33(8):97)、LMも同様に考えていいのかもしれません。
しかし、EGFR遺伝子変異陰性例には有効な治療法がないことには変わりないようです。ただ、全身状態が比較的良好で症状緩和になるのであれば症例ごとに吟味の上、WBRTを考慮することはあるでしょう。
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