少し前に遡りますが、5月13日に開催された西濃地区感染症研究会の紹介をしたいと思います。神戸大学感染制御部 特命准教授 時松一成 先生の、トリコスポロンについての講演を聴いてきました。
トリコスポロンは、夏型過敏性肺炎の原因菌ですね。これはアレルギー反応によって生じた疾患。しかし、面白いことに、アスペルギルスと同じように、感染症としての側面も併せ持ちます。血液疾患で免疫低下している状態では、播種性感染症を引き起こし得ます。致死率は80%以上とも言われ、臨床的にも重要です。
今回の講演で知ったのですが、実は、夏型過敏性肺炎の原因として、当初は、クリプトコッカスが考えられていたそうです。しかし、実は、調べていくと、クリプトコッカス・ネオフォルマンス(Cryptococcus neoformans)抗体がトリコスポロンに交叉反応を起こしていた現象をみていただけであって、その後の培養結果や 吸入誘発試験などから、熊本大学の安藤正幸教授らのグループによて、トリコスポロンが原因菌として同定されたという経緯があったそうです。研究者の方々の涙ぐましい努力が報われた物語ですね。
ところでトリコスポロン・アサヒ(Trichosporon asahii)について、もう少し、調べてまとめてみました。
トリコスポロンは、40菌種近く存在しますが、T. asahiiが、ヒトに病原性を有する8菌種の中でも最重要菌種と考えられています。ちなみに、T. asahii抗体は、ELISA法で測定しますが、C. neoformansへの交叉反応しないように開発されています。カットオフを0.15とした時、感度 92.3% 特異度 90.1%になります。なお、夏型過敏性肺炎の原因菌は、T. asahiiだけではなく、トリコスポロン・デルマティス(Trichosporon dermatis)なども知られており、これらは抗体反応陽性にはならないため、頻度は稀ではありますが、測定結果の判定には注意を要します。
T. asahiiは、1929年にAkagiらにより患者から分離同定されました。菌名は九州帝国大学 皮膚科学講座の教授 旭 憲吉 博士(1874-1930)から名付けられたそうです。当初は、トリコスポロン・クタネウム(Tricosporon cutaneum)の異名として扱われていましたが、T. cutaneumが複合菌であることが判明し、Sugitaらは新たな分類を提唱し、T. asahiiの名が存続可能となりました。しかし、過敏性肺炎なのに、なぜ皮膚科の先生かというと、T. cutaneumの名からも分かるように、もとは皮膚由来の菌だからなのですね。
トリコスポロン研究の歴史を紐解くと、日本人研究者が何人も関わっていることを知って、少し嬉しい気持ちになりました。
参考文献:
トリコスポロン・アサヒ抗体 モダンメディア 2003;59(10):265-271
新興深在性真菌症ートリコスポロン症の臨床ー感染症学雑誌 2006;80(3):196-202
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